東京高等裁判所 昭和40年(う)2518号 判決 1966年2月14日
被告人 金子栄昭
主文
原判決中、被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役一年六月に処する。
但し本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。
右猶予の期間中、被告人を保護観察に付する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人雨宮熊雄、同黒田耕一共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。
控訴趣意第一点について
所論は、刑法第一八〇条第二項の「現場」とは、犯行着手の際に被害者が犯人等を覚知し得ると認められる範囲又は被害者の抵抗を抑圧する行為を相互に容易に助勢し得る程度の近接範囲たる場所をいい、また同条同項における「二人以上現場ニ於テ共同シテ」とは、少くとも共犯者全負が現場に現在することを意味するところ、本件において、被告人が石山朝子に対する強姦の実行に着手した地点と原審相被告人斉藤渉が黒坂順子に対し強姦の実行に着手した地点とは、深夜の海岸で相互に一〇〇メートル以上も離れており、前述したところに照らしても右二箇の犯行現場は別個であり、被告人としては、右黒坂順子に対する強姦につき「現場において共同して」犯したものとはいえない。したがつて本件のうち黒坂順子に対する強姦の事実につき被告人に対しては刑法第一八〇条第二項の適用を見るべき筋合いではなく、親告罪として同女からの告訴あることが訴訟条件となるべきところ、本件公訴提起に先立つて同女は告訴を取消しているから、この点については公訴棄却をなすべきであるに拘わらず、原判決は刑法第一八〇条第二項の解釈を誤り、右黒坂順子に対する強姦の点についても被告人の刑責を認めた違法があると主張する。
しかしながら刑法第一八〇条第二項は、暴力的犯罪としての兇悪性、危険性が強い特殊な形態による強姦事犯について、親告罪の特例を認めたものであることはいうまでもなく、犯人が二人以上同時に犯行現場に現在すればすでにその特例たる要件は充足され、他に現場に居合わせなかつた共謀者の存在することを妨げるものではない。
被告人は原審相被告人斉藤渉ほか五名の者らと共に、原判示海岸付近において石山朝子、黒坂順子の両名を輪姦しようと共謀し、とくに誰が誰をというような話しはなかつたが、被告人は石山を、また前記斉藤渉は黒坂を夫々強姦しようとして夫々原判示のごとくその実行に着手し、被告人の近辺には意思相通じた金子義男、和田政行、大木勲らが見張りを兼ねて待機し、また斉藤が黒坂に暴行を加えていた地点の傍らには同じく意思相通じていた永野孝芳、和田弘らが現在し待機していたことは、いずれも原判決挙示の各証拠により明らかである。而して右石山及び黒坂の被害地点が相互に一〇〇メートル以上離れていたからといつて、それが別個の現場といえるか否かについては、遠く自動車で同伴されてきた深夜の海岸において被害者らが集団暴力の魔手から容易にのがれ得る状況であつたとも断じ難いので速断を許さぬものがあるけれども、仮に右二つの地点が一応別個の現場であるとしても、黒坂順子に対しては前記のとおり斉藤渉ほか二名の者が現場で共同して強姦の実行に着手しており、すでに右犯行は前述の看点から非親告罪となつているものというべく、たとえ、被告人が石山朝子を襲つていたため黒坂順子の被害場所の近辺に居合わせなかつたとしても、既に見たとおり、被害者ら両名に対する事前の包括的輪姦の共謀がなされている以上、被告人がすでに非親告罪化した黒坂に対する強姦についても共謀者としての刑責を負うべきことは当然であるといわなければならない。原判決には所論のような法令解釈適用の誤はなく、論旨は理由がない。
控訴趣意第二点について
所論は、刑法第一八〇条第二項は特別な形態による強姦罪の構成要件を規定したものであるから、本件のごとき事犯の擬律としては当然判決書に同条項を摘示すべきものであるに拘わらず、原判決にはこれを遺脱した違法があると主張する。
しかし同条項は輪姦的形態において犯された強姦罪等を非親告罪とする趣旨を規定したものであつて、特に別個の犯罪構成要件を規定したものではないから、告訴の有無に拘わらず同条項によつて事犯を処断するにあたり、刑事訴訟法第三三五条第一項の趣旨に照らしても、判決書にこれを摘示する必要はない。
論旨は理由がない。
控訴趣意第三点について
所論は、原判決は「罪となるべき事実」中に被告人の非行歴を掲記し、しかも証拠に基かずしてこれを認定した違法があると主張する。
しかし被告人の原審第一回公判における供述(記録一八丁裏)によれば、検察官が指紋照会回答通知書(同二八六丁)の記載に基き被告人の前歴を確かめたのに対し、同通知書記載の非行歴を認めるとともに、同第二回公判(二九三丁乃至二九四丁裏)において、或程度具体的にその内容を供述しており、また右通知書は原審において同意書面として適法に証拠欄が履践されていることは記録上明らかであつて、原判決が被告人の非行歴を証拠に基かずして認定したなどという違法は毫も認められない。また原判決が情状としての被告人の非行歴を「罪となるべき事実」の項に判示していることは所論のとおりであるけれども、原判決はもとよりこれを罪となるべき事実そのものとして判示したものでないことは明らかであり、起訴状にかかる記載がなされたというのならばともかく、判決書の犯罪事実の項に情状の記載がなされたからといつて、別段これを違法視すべき理由はない。論旨は採用のかぎりではない。
控訴趣意第四点について
所論は、本件につき被告人を懲役一年六月の実刑に処した原判決の量刑が重きに過ぎて不当であると主張する。
よつて検討するに、本件は被告人及び原審相被告人斎藤渉を含む七名の殆ど同年輩の者が、バーのホステスである被害者ら両名をドライヴに誘い、原判示平塚市の海岸においてこれを輪姦しようとした事犯であつて、その危険、悪質なことは今更いうまでもない。特に被告人金子は、少年時代二回に及ぶ同種非行歴を有し、うち一回はいわゆる身柄事件として少年鑑別所に収容され、保護観察に付されるという前歴であるのに拘わらず、またもや本件犯行に及び、しかも石山朝子に対しては現実に原判示どおりの暴行を加えているのであつて、これらの点は被告人の犯情を考えるにあたつて決して軽視できない点である。原判決が、本件に関与した七名中実行者として起訴された被告人ら二名につき、前歴のない原審相被告人斎藤に対して刑の執行を猶予しながら被告人金子に対しては敢えて懲役一年六月の実刑を言い渡し、厳しくその反省を求めた趣旨もまたここにあるものと解せられる。
しかし更に考えてみるに、本件の発端は被害者石山が客としてバーに来店した被告人らに対し、たとえ客に対する愛想であるとしても、「どこかドライヴに行かない」等と誘いをかけたため、被告人らが三台の自動車に分乗し右石山及びその同僚黒坂を乗車させ、湘南方面に赴くようになつたと見られるふしがあり、被告人が当初から強姦の目的で同女らを連れ出したものであるとまでは見られないこと、本件のごとき輪姦を提唱したのは同行者のうち起訴されていない金子義男であると認められること、本件はともかく幸いに未遂に終り、被害者らとの間に示談も成立し、被害者両名とも必らずしも被告人に対する厳罰を望んでいないこと、当然のことながら被告人は今更のように本件を深く後悔しているものと認められること、被告人の父ならびに従前被告人を担当したことのある保護司らも従前の失敗に鑑み、今後の強力な指導監督を誓つていること、また更に本件で起訴されなかつた者のうちにも、前記金子義男のように本件犯行を提唱し且つ犯行場所の選定等積極的に指示行動した者もあり、また原審で執行猶予を付されたとはいえ、斎藤渉は被告人より二才も年長であり且つ同人も石山を海中に押しやつたり黒坂に相当執拗な暴行に及んだりしているのであつて、前述のように前歴の有無の差があるとはいえ、右斎藤や金子義男らが被告人に比べ、本件犯行自体の具体的態様において、必らずしもその犯情に著しく軽いものがあるとも考えられないことなどのほか本件犯行の動機、態様、罪質、結果、被告人の年令、経歴、境遇、生活態度、家庭事情等記録に顕われた一切の事情に徴すれば、本件において被告人の恥ずべき犯行を厳しく指弾しその猛省を促がす必要のあることはもとより当然としても、従前被告人をめぐる指導監督の体制が稍々皮相に惰し、真にその資質的、環境的特質に則応したものとなつていなかつた憾みがあり、結果的に被告人を適保護の状態におとし入れ増長させる傾となつていたことに思いを致せば、いま直ちに実刑に処するよりは、いま一度刑の執行を猶予して自主的更生の機会を与え、相当長期に亘る保護観察官の専門的指導監督のもとに更生の実を挙げしめるようその方途を講じ、併せて再犯の防止を図ることが、本件における具体的処理としては最もよく刑政の目的に合致するものと考えられる。この看点からすれば、被告人に懲役一年六月の実刑を科した原判決は重きに失するものがあるから論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法第三九七条、第三八一条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書にしたがつて当審で自判することとし、原判決が証拠により確定した犯罪事実に原判決挙示の各法条のほか刑法第二五条第一項、第二五条の二第一項前段を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 樋口勝 関重夫 金末和雄)